立ち読みのススメ(立ち読みが一番はかどる)

読書
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この記事の対象者

立ち読みなんて今どき古い。

今はネットで読む時代だよ。

最近はネットよりで本屋さんに読みたい本が減りました。

読書習慣がありません。

読書だけでなく、書くことが大事です。

読書は何のために必要なのか。

このような方は、この記事を読むことで上記の全ての迷いを粉砕できます。

理由は、上記のどれも否定しているものではなく、一利あるというだけだからです。

例えば、収入に人生が左右される場合に、ネットで情報を仕入れることが本よりも収入に繋がり人生が変わるということがある場合、それは人生の中で大きく影響が受ける部分である収入に焦点を当てている場合に、と言えることができます。

それも、否定することではありません。

成功者は100%読書家である、と言われています。

しかし、その成功者ですら読書だけしていた訳ではなく、行動をしているのですから、

読書以外の行動が不要な訳はありません。

その行動のために、読書を否定する理由はありません。

非常に地味ではありますが、読書も行動しています。

読む途中で線を引くためにペンを用意し、しおり、次の本を探すために足を動かし手を動かしています。

それが運動と言ったらイメージが違うかもしれませんが、読書を続けるのはスポーツともいえるほど、と言われています。

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なぜ立ち読みがいいのか?

今持っていない本がたくさんある書店で、歩きながら興味がある本やためになりそうな本を探すことが、かなり頭にいいからです。

既にある程度の専門性がある場合は、もう読まなくてもわかると思いますが、本の並び方や場所の配置からでも学べることもあるからです。

そうではない場合、いくらいても(2~3時間くらい)なら夢中になれるくらい、あらゆる本が自由に見れるのです。

簡単に書いてある本やすごくいい本、昔興味がなかった勉強、小学校の勉強、漫画、文学、資格、専門書、小説、哲学書、宗教、スピリチュアル、実用、趣味、

背表紙を眺めたり、いろいろなコーナーを見て回っても歩いています。

つまり、本屋へ行き、歩き回り、帰るだけでも運動にもなるということです。

そしてご経験がありませんか?

本屋で本を買ってきて家で読む途端、ダレてしまう。

あの時の感動やエネルギッシュさはどこへいったのか?

ある時に気が付いたのですが、本は立って読んだ方があきらかにいい状態で読めるのです。

身体の状態、頭の働き、どちらをとっても立って読んだ方が効果的なので、立ち読みが集中できるのです。

さらに、ちょこっと読んで次の本も読むことができ、同じコーナーの同じようなテーマの本で違う著者の本を読みまわしたり、だんだんポイントがわかってきたり、気分転換に違う種類の本を読んだり、

その空間が静かで活発、本を見るのに適した環境なのです。

さらに人が入ってきても何か本を見て動いていく環境が、まさに必ずよくなっていく環境になっているのです。

背中で人が立ち読みしている環境で、かっこつけてバサバサ動くことも堂々と集中することもでき、その空気間を体感することもできます。

ある程度活性化した雰囲気で、そもそも読書をすすめられている環境です。

いくら立ち読みしても、「どうぞ読んでください」という読書を推進する大きな力の中で新しいものと出会えるのです。

まず、新鮮な本だらけの環境で、状態として立っていたり歩いている状態が脳を活性化させ、ベストマッチします。

さすがにお店の店員さんにあまりバレバレで白い目をされたら、奥から読んでいくか、やむを得ない手段として一つだけ買う本を探してください。

普通は何冊か或いはそれ以上買うと思いますが、買う気がなくても本屋に入り、どんなに読んでも最低1冊を買うことにすれば大丈夫です。

普通は買い過ぎて困ることになるのですが、要するに本屋でいくら立ち読みをしても、

最後の逃げの手段さえあれば大丈夫です。

気が付かない間に入れ替わる、という忍者の方法もありますが、堂々として大丈夫な方法、

最低でも1冊は本を買う事です。

これは大きな読書推進力にプラスして、お店の店員さんに配慮するという意味です。

どうしても嫌なら、文庫本の中から一番欲しい本を探してください。

そしてしょっちゅう本屋さんに行く習慣をもつといいのです。

読書という発想ではなく、運動という発想です。

はじめはコツコツ、ある程度読む習慣が出来てきたら、本当にほとんどの本を読破している著者がいることにも気付きます。

人は、自分と極端に違っていたり差があると、はじめから「そんなの無理」と決めつけてしまい、思い込んでしまいます。

自分とその著者は違う。

違うは違うのですが、その過程はどちらかというと平凡で普通、より普通な感覚であることに気が付くかもしれません。

メリットプラスアルファ

ある時に気が付きました。

何か外に特別なラッキーを求める、何の特別な出来事やきっかけよりも、本屋さんに行って読書する、その本の中で学べばいいと思いました。

そしてその著者の、普段の行動や習慣を少しでも取り入れるようにしようと思いました。

著者の言っていることも当然ですが、全て実践しようと思うよりは、自分の何かのために役立てればいいのです。

なるべく全て実践できるくらいの気持ちで吸収することは出来るかもしれません、気持ちは大切です。

内容にプラスして、著者がどういう人で、どんな習慣があるか、ということにも注目して、そのバック背景からも学ぶのです。

そもそも本屋さんに行っていれば、気が付いたらそうなっていく要素が詰まっているので、

気合や根性ではなく、本屋さんに導いてもらうのです。

本屋さんの店員さんも、たまにすごく優秀で、先を読んで気を利かせてくれてる場合もあります。

それに騙されていい方向へ広げて導いてもらうのです。

例えば、農家の人達は何のために作物を育てていると思いますか?

貴重でもったいなくて、あまり食べないためですか?

それとも、感謝して美味しくいただき、巡り巡って貢献すること、感謝の心が育つ事など、前へ進むためかもしれません。

そうしたら、あまり食べないよりは、感謝していただいて前へ進む。

本も、何のために本を書いてくれる人や店員さん、それに関わる人がいると思いますか?

読んでより未来に貢献できるためではないでしょうか?

迷いを粉砕

・立ち読みなんて今どき古い。

・今はネットで読む時代だよ。

・最近はネットよりで本屋さんで読みたい本が減りました。

確かに、最近はデジタル移行してきました。

私もその変化に気付きました。

それにともなってデジタル移行していくのもやむを得ないでしょう。

ただ、デジタル移行が完全に本屋を否定することになるかはまだわかりません。

そもそもある程度読書するようになってくると、極論も別の見方も出来る、という感じでいろんな角度から見られるようになります。

デジタルでも読めるし、それに偏らないで本屋へも行こう、古本屋も行こう、BOOKOFFも行こう、図書館へ行こう、とのバランスの中から自分で判断すればいいと思います。

自分で判断する事は、人や皆に通用するかは別として、自分にとっては一番いいのです。それは必ず価値があります。

その中で追加していけばいいのです。

スキルだけ取り入れる。

ノウハウだけ学ぶ。

参考になりそうな所だけ参考にする。

すべて覆される必要はありません。

読書習慣がありません。

読書習慣を、本屋さんの力を利用して気が付いたらそこそこ読むようになってきる。

という風にすると苦痛が減ります。

電子書籍もいいかもしれませんが、出版社を通しているかの違いがあります。

一応、本屋に行って電子書籍の方がよければいいと思います。

読書だけでなく、書くことが大事です。

もっともで、何でもよく、ウケるかどうかに拘らず、まず書くことは大事です。

いい悪いを別にして、書かないといつまでも書けるようにならないからです。

ノートに書いたり、日記を書いたり、何行日記を書いたり、夢ノートを作ったり、

無料の非公開ブログに自由に書いたり、誰も見ないようなブログで好き放題大暴れしたりしたっていいと思います。(見られると自由は減るかもしれません)

その時間をちゃんと書くことに当てればいいと、そう思えたらちゃんと書けばいいのです。

また、自由に書ける場所(ノート)とちゃんと書く場所(ノート)を分ければいいので、2個も3個もやれないな、と思えたら絞ればいいのです。

仮に脳科学的に非効率として、脳科学的に非効率なこともしている、

さらに脳科学的に効率的なこともしている、としていれば全て意味が出てきます。

初めは書こうという気にもならない可能性があるので、とにかく本屋に行くようにすれば読書が好きになると思います。

すぐに書けるなら書けばいいので、書いてる人は読書もしているという事です。

読書は何のために必要なのか。

とある本で「読書で解決できない悩みはない」と言われています。

読書以外は、親や友達、周りの環境や親切ないい人、学校の先生に特別に育ててもらえなかったら自分で何とかするしかないと思いませんか?

自分で何とかする手段が読書です。

今はインターネットで学べますが、ここではその過程にフォーカスしています。

インターネットで学んだらそのまま学んだことは取り入れればいいです。

ただし本を読むという過程を飛ばしたら自分で考えたり、途中の過程が身に付かなくなります。

読書は、他のことをするので読書したいけどなかなか出来ない、時間がないから出来ないならわかります。

読書をしたらバカになるから、読書はしない方がいい、という人は悪だと思います。

(目に見えない、違法になっていない悪です。)

経済的な理由や、洗脳で自分で考えさせないようにしているだけです。

読書をさせない人は、洗脳して自分の思うように利用したい人だけです。

頭の良さが悪い方向に働いている人です。

組織には自分で考える人が邪魔で言う事を素直に聞いてもらいたいと思いますが、

組織のトップの方は本を読んでいますし、読書をするように勧めているはずです。

読書をさせてもさせても読んでも読んでも新しい本やまだ読めない本がたくさんあり、そんな心配をしなくても追い付かないのが自然でしょう。

自分で考えて洗脳されてよくなろうと、プラスの自己暗示のような使い方ならいいのですが、

本を読むな、なんて言う人は1人もいません。

書く時は読書できないだけです。

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